動画編集スキル0から|B型施設で学ぶ就労術

なぜ今、動画編集なのか

 私が長く就労継続支援B型事業所で働いてきて強く感じるのは、障がいのある方の就労機会を広げるためには、社会のニーズに合った実践的なスキルを身につけることが何よりも大切だということです。そして今、一億総デジタル時代の中心となっているスキルの一つが「動画編集」なのです。  この「動画編集」という選択には、私たちなりの深い理由があります。 まず、社会全体が「テキスト中心」から「映像中心」へと大きく変化していることです。スマートフォンの普及により、誰もが動画を日常的に消費するようになりました。YouTubeの月間アクティブユーザーは30億人を超え、TikTokやInstagram Reelsなどの短尺動画プラットフォームも爆発的に成長しています。これはただのトレンドではなく、人間のコミュニケーション方法の根本的な変化なのです。  この変化に伴い、企業や団体は動画マーケティングに活路を見出し、編集技術を持つ人材を渇望しています。特に、自社のSNSアカウント運用やウェブサイト用の動画制作には、常に人手が必要とされているのです。  さらに重要なのは、動画編集には「障壁の低さ」と「無限の成長性」という、B型施設の利用者さんにとって理想的な特性があることです。 「障壁の低さ」とは、初めは単純なカット編集や文字入れだけでも十分な価値を生み出せること。スマートフォンのアプリで始められるため、特別な設備も必要ありません。そして何より、コミュニケーションが苦手な方でも、自分のペースで黙々と取り組める作業なのです。  一方の「無限の成長性」とは、スキルアップに応じて扱える案件のレベルも上がっていくこと。基本操作の習得から始まり、エフェクトやアニメーション、色調補正など、段階的に学べる分野が広がります。その過程で達成感を得られるのも大きな魅力です。  また見逃せないのが、動画編集は「リモートワークとの親和性」が極めて高いという点です。データのやり取りさえできれば、通勤が困難な方でも自宅から仕事を請け負うことができます。これは、移動や環境変化に敏感な特性を持つ方々にとって、大きなアドバンテージとなります。さらに、動画編集は「創造性」と「論理性」を併せ持つ仕事です。映像の順序を考える論理的思考と、見る人を惹きつける創造的センスの両方が求められます。これは、それぞれに得意分野が異なる利用者さんが、自分の強みを活かせる可能性を広げています。 私たちが ONEGAMEで動画編集に注力する最大の理由は、これらの特性が「障がいは個性である」という私たちの理念と見事に合致するからです。一人ひとりの感性や特性を「強み」として活かせる領域だからこそ、私たちは動画編集を就労へのゲートウェイとして位置づけています。  そしてこの選択は、すでに多くの利用者さんの人生に変化をもたらし始めており、コミュニケーションに不安を抱えていた方が、自分の作品を通じて自己表現できるようになった例や、集中力の高さを活かして精緻な編集作業で評価される方など、それぞれの特性が「強み」に変わる瞬間を、私たちは何度も目の当たりにしてきました。デジタル時代の今だからこそ、動画編集スキルは障がいのある方の新たな可能性を開く鍵となり得るのです。

ONEGAME八千代台での動画編集プログラム

 ONEGAME八千代台の動画編集プログラムは、単なるスキル習得の場ではなく、一人ひとりの可能性を引き出すための総合的な支援システムとして設計されています。2年前の導入以来、私たちは試行錯誤を重ね、利用者さんの特性や社会のニーズに応じた独自のカリキュラムを確立してきました。

■段階的なスキル習得プログラム  私たちのプログラムは「6つのステージ」に分かれており、それぞれの利用者さんが自分のペースで着実に成長できる仕組みを作っています。

ステージ1:基礎操作習得期(約1ヶ月) まず取り組むのは、動画の概念理解と基本操作です。この段階では「Windowsフォト」や「iMovie」などの初心者向けソフトを使い、素材の取り込み方や、カット編集、テキスト挿入といった基本操作を学びます。大切なのは「できた!」という成功体験の積み重ね。そのため、5〜10秒程度の超短編から始め、確実に完成させることを重視しています。

ステージ2:基本編集マスター期(約2ヶ月) 基本操作に慣れたら、トランジション(場面転換効果)やBGM挿入、簡単なエフェクトなど、動画に変化をつける技術を学びます。この段階から「DaVinci Resolve」など、より本格的なソフトの導入も始まります。30秒〜1分程度の「施設の日常風景」や「自己紹介動画」など、身近なテーマで練習します。

ステージ3:応用編集習得期(約3ヶ月) 編集の幅を広げる段階です。色調補正、モーショングラフィックス、アニメーション効果など、より洗練された表現方法を学びます。この段階では、それぞれの利用者さんの興味や強みに合わせて、学ぶ分野を柔軟に設定。例えば細かい作業が得意な方には精密なカット編集を、デザインセンスのある方にはグラフィック要素を多く扱うなど、個性を活かせる編集スタイルを見つけていきます。

ステージ4:プロジェクト実践期(約2ヶ月) ここからは実際の「納品物」として使える動画制作に取り組みます。施設内の行事記録や広報用の動画、地域の商店のPR動画など、目的とターゲットが明確な案件を担当。企画書の読み取りやクライアントとのやり取りなど、実務に近い経験を積みます。

ステージ5:専門性深化期(約3ヶ月) 自分の得意分野をさらに掘り下げる時期です。YouTubeタイプの情報発信動画、商品PR動画、インタビュー編集、アニメーション主体の説明動画など、特定のジャンルに特化した技術を磨きます。この段階で、自分の「売り」となる専門性を確立していきます。

ステージ6:就労準備・ポートフォリオ制作期(約1ヶ月) これまでの作品を整理し、自分のスキルを効果的にアピールするポートフォリオを制作します。同時に、納期管理や報連相、クライアントとのコミュニケーションなど、実際の就労で必要となる周辺スキルも強化。就労形態(一般就労、在宅ワーク、業務委託など)に応じた準備も行います。

 ■独自の支援メソッド ONEGAME八千代台の動画編集プログラムが高い効果を上げている理由は、単にカリキュラムだけでなく、独自の支援メソッドにもあります。 ●「いいとこ探し」フィードバック 利用者さんの作品に対して、まず「良かった点」を具体的に伝えるフィードバック方式を採用しています。「この部分のカットのタイミングが絶妙」「この色使いがテーマと合っている」など、細部まで評価することで、自信を育みます。改善点も「次のステップ」として前向きに提案することで、モチベーションを維持しながら成長を促します。 ●「3分割チーム制」の導入 個人作業だけでなく、企画・撮影・編集の3つの役割に分かれてチームで一つの動画を作る経験も提供。これにより、コミュニケーション能力や協調性も自然と身につきます。役割を定期的にローテーションすることで、総合的な動画制作スキルも養われます。

■「現役クリエイターとの交流会」 月に一度、実際に動画制作で生計を立てているクリエイターを招き、最新のトレンドや業界の裏話を聞く機会を設けています。実際のプロと触れ合うことで、利用者さんのモチベーションが大きく高まるだけでなく、就労への具体的なイメージも膨らみます。

■「ニッチ特化戦略」の推奨 汎用的な編集スキルだけでなく、「ペット動画専門」「料理プロセス動画特化」「不動産物件紹介」など、特定分野に特化した技術を磨くことを推奨。市場規模は小さくても、専門性を持つことで、その分野での競争力を高められるアプローチです。

■今後の展望 今後はさらにプログラムを発展させ、以下の取り組みを計画しています。  ●VR/AR分野への拡張:より専門性の高い映像技術として、VR/AR関連の技術習得もカリキュラムに組み込む予定です。

 ●動画編集資格取得支援:民間の動画編集検定などの資格取得をサポートし、就職活動での客観的な評価材料を増やします。

 ●ONEGAMEプロダクション立ち上げ:施設内に専門のプロダクションチームを結成し、より高単価の案件受注を目指します。これにより、工賃アップと就労実績の両立を図ります。

 ●オンラインコミュニティの形成:卒業生と現役利用者をつなぐオンラインコミュニティを構築し、情報交換や案件の紹介など、継続的な支援体制を整えます。 ONEGAME八千代台の動画編集プログラムは、単なる技術習得ではなく、「自分の価値を社会に届ける手段」の獲得を目指しています。一人ひとりの個性や特性を「強み」に変える場として、これからも進化を続けていきます。

動画編集で培われるのは技術だけではない

 動画編集の魅力は、単に技術を習得するだけではありません。私たちがONEGAME八千代台で日々見守る利用者さんの成長過程を通じて実感するのは、動画編集という作業が人間としての総合的な成長をもたらすということです。この部分に焦点を当て、より深く掘り下げてみましょう。

1. 「物語を紡ぐ力」の獲得 動画編集の本質は、バラバラの素材から一つの「物語」を作り上げることにあります。これは単なる技術的作業ではなく、「伝えたいことは何か」「どうすれば見る人の心に届くか」という本質的な問いと向き合う過程です。 当施設のDさん(40代・男性)は、コミュニケーションに困難を抱え、自分の考えを言葉で表現することに強い不安を持っていました。しかし動画編集を通じて、「伝える」という行為を別の形で経験していくうちに、徐々に自分の思いを整理し、表現することに自信を持ち始めたのです。 今では施設の行事を記録する際、「ここは参加者の笑顔をアップで挟みたい」「この音楽で感動を伝えたい」など、自分なりの演出意図を言葉にできるようになりました。これは技術的なスキルアップ以上に、人間として大きな成長だと感じています。

2. 「時間の構造化」と「見えない秩序の把握」 動画編集には「時間を構造化する」という特殊な思考プロセスが必要です。素材の配置、尺の調整、リズムの創出—これらは普段の生活では意識しづらい「時間の操作」という概念に触れる機会となります。 特に、時間の感覚や日常の構造化に課題を持つ方にとって、この経験は非常に価値があります。整理された形で時間を捉える訓練は、日常生活の管理にも良い影響を与えるケースが多く見られます。 Eさん(30代・女性)は、予定の管理や時間の見積もりが苦手でした。しかし動画編集で「この説明には何秒必要か」「全体でどのようなリズム感にすべきか」を考える習慣がついた結果、日常の時間管理にも変化が現れました。「編集の考え方を使うと、一日の予定が立てやすい」と話すようになったのです。

3. 「フィードバックを糧にする力」—批評への耐性と成長思考 動画作品は必ず誰かに見てもらうためのものです。そのため、編集作業には必然的に「フィードバックを受ける」プロセスが含まれます。最初は自分の作品への批評に動揺することもありますが、次第に「批評は作品をより良くするための情報」と捉えられるようになります。 これは社会生活において極めて重要な「批評への耐性」を育む過程でもあります。当施設では意図的に、完成作品に対する感想会を開催。「もう少しここがこうだと良くなる」といった建設的な意見交換の場を設けています。 最初は緊張していた利用者さんも、回を重ねるごとに「次はこう改善したい」と前向きな姿勢が見られるようになります。Fさん(20代・男性)は、この経験を「最初は怖かったけど、今は意見をもらえるのが楽しみ。批判されても自分が成長するチャンスだと思えるようになった」と振り返っています。

4. 「認知の柔軟性」と「問題解決の創造性」 編集作業中には常に予期せぬ問題が発生します。素材が足りない、思い通りの効果が出ない、締切に間に合わないなど、様々な壁にぶつかります。これらの問題に対して「別の方法を考える」「制約を逆手に取る」といった思考を繰り返すことで、認知の柔軟性が養われます。 Gさん(30代・男性)は、こだわりが強く計画変更に弱い特性がありました。しかし編集作業を重ねるうちに、「思い通りにならないときは別のアプローチを探す」という柔軟性が身についてきたのです。この変化は編集室を超えて、日常のちょっとした予定変更にも「では別の方法で」と対応できるようになるという形で表れました。

5. 「自己効力感」と「アイデンティティの再構築」 おそらく最も重要な成長は、「自分にもできる」という自己効力感の獲得でしょう。多くの利用者さんは、過去の挫折体験から「自分には難しい」という思い込みを持っていることがあります。しかし、自分の手で作品を完成させ、それが誰かの役に立つという経験は、この思い込みを打ち破る強力なきっかけとなります。 Hさん(40代・女性)は、長年引きこもり状態で「社会の役に立てない」という思いを抱えていました。しかし地元商店街のPR動画を担当し、店主から「お客さんが増えた」と感謝されたとき、彼女の表情が劇的に変わったのを今でも覚えています。「自分の作ったものが誰かの役に立つなんて、考えたこともなかった」と涙ぐむ姿に、私たちスタッフも感動しました。 これは単なるスキル習得ではなく、「社会とつながる自分」というアイデンティティの獲得です。特に長く社会から孤立感を感じていた方にとって、この変化の価値は計り知れません。

6. 「メタ認知能力」—自分の得意・不得意を客観視する力 動画編集には様々な工程があります。企画、撮影、カット編集、エフェクト追加、音響調整など、多岐にわたる作業を経験する中で、自然と「自分の得意なこと・苦手なこと」が明確になっていきます。 この「自分を客観視する力(メタ認知)」は、就労において非常に重要です。自分に合った働き方や環境を選ぶ際の判断材料となるからです。 Iさん(30代・男性)は動画編集を学ぶ過程で、「細かい作業は苦手だが、全体の構成を考えるのは得意」ということに気づきました。これにより、一般就労を目指すのではなく、企画立案を中心とした業務委託の形で働くという具体的な方向性が見えてきたのです。

7. 「感情のコントロール」と「長期的視点」 動画編集は即座に完成しない作業です。一つの作品が形になるまでに、何日も、時には何週間もかかります。この「長期的な目標に向かって粘り強く取り組む」経験は、感情のコントロールと忍耐力を養います。 特に、すぐに結果が欲しい・気分に左右されやすいという特性を持つ方にとって、「今は大変でも、完成したときの喜びのために頑張る」という経験は貴重です。Jさん(20代・男性)は当初、集中が続かず作業を中断することが多かったのですが、少しずつ完成までやり遂げる経験を重ねる中で、「今は辛くても、完成すれば嬉しい」という長期的視点を獲得していきました。 8. 「審美眼」と「自己表現への自信」 繰り返し映像作品に触れ、自ら制作する過程で、「美しさ」や「伝わりやすさ」への感覚が磨かれていきます。これは専門的には「審美眼」と呼ばれるもので、デザインやアートの世界では非常に価値のある感覚です。 さらに重要なのは、自分の感性や価値観を形にして表現することへの自信です。「こう編集したい」という自分なりの思いを形にし、それが誰かに評価されることで、「自分の感じ方や考え方には価値がある」という自信につながります。 Kさん(30代・女性)は、自分の考えに自信が持てず常に他人の意見に左右されていましたが、編集スタイルを確立していく過程で「自分らしさ」に価値を見出すようになりました。「私の感性を信じて編集したら、意外と好評だった」という経験の積み重ねが、彼女の人生観にも変化をもたらしたのです。

このように、動画編集という作業を通じて育まれるのは、単なる技術ではなく、人間として社会で生きていくための多様な力です。テクニカルスキルの習得はあくまでも手段であり、真の目標は「自分の可能性を広げ、社会とつながる力を育むこと」にあります。 ONEGAME八千代台では、これからも一人ひとりの特性や強みを活かせる環境づくりを続け、動画編集という窓口から広がる無限の可能性を、利用者さんと共に探求していきます。

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