「稼ぐことは悪ではない」。自立して自分の人生を歩むためのマインド

お金を稼ぐことを考えたとき、心のどこかで小さなブレーキを感じたことはないでしょうか。「自分が稼ぐなんて、まだ早い」「障がいがあるのに、お金のことを考えるのは贅沢かもしれない」。そんな思いがふと頭をよぎり、働くことそのものから距離を置いてしまう。そうした経験を持つ方は、決して少なくありません。

しかし、稼ぐことは決して悪いことではありません。むしろ、自分の力で生活を支え、人生の選択肢を自分の手に持つための、ごく自然な営みです。罪悪感を抱く必要はどこにもないのです。

この記事では、「稼ぐこと」への漠然とした不安や思い込みがどこから生まれるのか、そしてその気持ちをどう自立への一歩に変えていけるのかを、就労継続支援B型事業所という現場の視点から、丁寧にお伝えしていきます。読み終えたとき、ご自身の中にある「働きたい」「自立したい」という気持ちを、少しだけ前向きに受け止められるはずです。

目次

「稼ぐことは悪いこと」ではない、その思い込みはどこから来るのか

お金の話をすると、なぜか後ろめたくなる理由

「働いてお金をもらう」という、ただそれだけのことなのに、なぜか胸の奥がざわつく。そんな感覚を持つ人は多いです。誰かに教えられたわけでもないのに、いつのまにか「自分が稼ぐのは違う気がする」という空気を、自分自身に纏わせてしまっている。まずはその違和感の正体から見ていきましょう。

その違和感の根っこにあるのは、たいてい「自分はまだその資格がない」という感覚です。

たとえば、過去に仕事でうまくいかなかった経験があると、人は「お金を受け取る=それに見合う成果を出せる人間でなければならない」という基準を、勝手に自分に課してしまいます。本来、働いてお金を得ることに、特別な「資格」なんて必要ないのですが、失敗の記憶が強く残っているほど、その基準は無意識に高くなっていくものです。

加えて、障がいや働きづらさを抱えている場合、「迷惑をかけているのに稼ぐなんて」という発想に陥りやすいのも特徴です。これは優しさの裏返しでもあるのですが、優しさが行き過ぎると、自分の価値を自分で下げてしまう方向に働いてしまう。誰かに迷惑をかけまいとする気持ちと、お金を稼いではいけないという思い込みは、本来まったく別の話なのに、頭の中で混ざり合ってしまうのです。

さらに、社会全体に漂う「稼ぐ=がんばった人へのご褒美」という空気も、この感覚を強めています。がんばれなかった時期がある人ほど、「自分にはその資格がない」と感じやすくなる。でもこれは、稼ぐことの本質からはずれた考え方です。お金は、がんばりへの審査結果ではなく、社会との関わりの中で自然に発生する対価にすぎません。

その思い込みは、いつのまにか自分の可能性を狭めている

この「稼ぐことへの後ろめたさ」は、ただの気持ちの問題では済みません。実際の行動にまで影響を及ぼし、自分の選択肢をどんどん狭めてしまうものなのです。

まず一番わかりやすいのが、働くこと自体への一歩を踏み出せなくなる、という変化です。

「稼ぐ資格がない」と感じていると、求人を見ても「自分には無理だ」という結論を先に出してしまい、行動に移す前に諦めてしまいます。これは能力の問題ではなく、心の中にあるブレーキの問題です。能力があっても、ブレーキをかけたまま走ろうとすれば、当然うまく進めません。

それから、せっかく得意なことがあっても、それを仕事に結びつける発想自体が生まれにくくなる、という影響もあります。

好きなことや得意なことは、本来「これでお金を得てもいいかもしれない」という発見につながるはずのものです。しかし「稼ぐこと自体に後ろめたさ」がある状態では、得意なことを見つけても、それを「収入につなげる」という発想に進む前に、思考が止まってしまう。可能性の種があっても、それを育てる土壌が整っていないようなものです。

そしてもう一つ見過ごせないのが、自分の存在価値を「稼げているかどうか」だけで判断してしまうようになる、という点です。

稼ぐことへの罪悪感が強い人ほど、逆説的に「稼げていない自分には価値がない」という極端な思考に振れやすくなります。本来、人の価値は収入の有無で決まるものではありません。しかし、稼ぐことに対して健全な距離感を持てていないと、稼げている・稼げていないという一点だけで自分を測ってしまい、必要以上に自分を追い込んでしまうのです。

経済的に自立するということは、人生の選択肢を自分で持つということ

「お金がある」ことの本当の意味は、自由を持つことにある

お金の話というと、つい贅沢や欲望の話だと思われがちです。でも本当に大事なのは、もっと地味で、もっと根本的なところにあります。お金があるかどうかは、実は「自分の人生を自分で決められるかどうか」と、ほぼ直結しているのです。

経済的に自立しているということは、何よりもまず、自分の生活を自分の意思で形作れる状態にある、ということです。

たとえば、住む場所を選ぶこと、誰とどう関わるかを選ぶこと、今日の食事を何にするかを選ぶこと。こうした一つひとつの選択は、すべて経済的な余裕に支えられています。収入がなければ、選びたくても選べない場面が増え、結果として「選ばされる人生」になっていく。逆に、わずかでも自分で稼いだお金があれば、その分だけ「自分で選ぶ人生」に近づいていきます。

それから、経済的な自立は、人との関係性においても対等な立場を保つための土台になります。

誰かに生活のすべてを依存していると、たとえ相手に悪意がなくても、関係性の中でどうしても言いたいことが言えなくなったり、自分の意見を後回しにしてしまったりすることが増えていきます。これは依存している側の弱さというより、構造として自然に起きてしまうことです。経済的な余裕は、人間関係において「対等でいられる」ための、見えないけれど確かな支えになっています。

そしてもう一つ大事なのは、お金があることで、将来に対する不安の質が変わる、という点です。

漠然とした不安というのは、多くの場合「この先どうなるかわからない」という、選択肢のなさから生まれています。経済的な自立があれば、不安そのものがゼロになるわけではありませんが、「自分でなんとかできる」という感覚が育っていきます。これは精神的な安定にとって、非常に大きな違いです。

「自立」とは、誰にも頼らないことではなく、頼り方を自分で選べること

経済的自立という言葉を聞くと、「誰の力も借りずに、すべて自分一人でやる」というイメージを持つ人も多いですが、これは少し誤解を含んでいます。本当の自立とは、支えやサポートを完全に断ち切ることではなく、いつ・どんな支えを受けるかを、自分の意思で選べる状態のことです。

まず、自立とは「孤立」とはまったく違う、ということを理解しておく必要があります。

人は誰でも、何らかの形で支え合いながら生きています。完全に独立した存在として生きている人など、実際にはほとんど存在しません。大事なのは、その支え合いの中で、自分が一方的に支えられる側に固定されてしまうのか、それとも自分も何かを担う側として関わっていけるのか、という違いです。経済的な自立は、後者の立ち位置に立つための、現実的な手段の一つなのです。

次に、自立を目指すという行為そのものが、自己肯定感の回復に深く関わってきます。

「自分には何もできない」という感覚を長く抱えてきた人にとって、自分の力で何かを得るという経験は、想像以上に大きな意味を持ちます。これは金額の大小の問題ではありません。たとえ小さな収入であっても、「自分が動いたことで、何かが変わった」という実感は、自己評価を少しずつ立て直していく力を持っています。

最後に、自立を段階的なものとして捉える視点も、とても重要です。

自立というと、ある日突然「完全に一人でできるようになる」というイメージを抱きがちですが、実際にはそうではありません。最初は支えを多く受けながら、徐々に自分でできることを増やしていく。そのプロセス自体が自立であり、ゴールに到達した瞬間だけを「自立」と呼ぶのではないのです。今、誰かの支えを受けている状態であっても、その中で少しずつ自分の領域を広げていけているなら、それは確かに自立への道を歩んでいると言えます。

得意なこと(eスポーツ・イラスト)を仕事にするという選択肢があること

「働く」と聞いて思い浮かぶ仕事だけが、仕事のすべてではない

「働く」という言葉を聞いたとき、頭に浮かぶ仕事のイメージは、案外狭いものだったりします。事務作業や接客、軽作業といった、いわゆる典型的な仕事だけが「働くこと」だと思い込んでしまうと、自分の得意なことと仕事との間に、知らないうちに大きな距離ができてしまいます。

まず知っておきたいのは、好きなことや得意なことの延長線上にも、ちゃんと仕事は存在する、ということです。

eスポーツやイラストといった分野は、一見すると「趣味」や「遊び」の範疇だと捉えられがちです。しかし実際には、ゲームの腕前やキャラクターを描く力そのものが、立派な技術として評価される場が存在します。得意なことを仕事に近づけていくという発想は、決して特殊なものではなく、すでに社会の中に根を張っている考え方なのです。

次に大切なのは、得意なことを仕事にするという選択は、無理をして頑張る働き方とは違う方向性にある、という点です。

これまで「働く」というと、苦手なことを我慢して続けることだと感じていた人ほど、この違いは新鮮に映るはずです。得意なことに取り組むときは、同じ作業量であっても、心身への負担の感じ方がまったく異なります。得意分野で力を発揮するという働き方は、無理を重ねる働き方とは、根本的に成り立ちが違うのです。

そしてもう一つ、得意なことを仕事にする道があると知ること自体が、自分への見方を変えるきっかけになります。

「自分には何もできない」と感じていた人が、実は自分の中に評価される技術や感覚を持っていたと知ったとき、そこには小さくない衝撃があります。これは技術が急に身についたわけではなく、もともと持っていたものに、初めて「これは仕事になり得る」という視点が当てられた、ということに過ぎません。視点が変わるだけで、同じ自分が、まったく違う可能性を持った存在として見えてくるのです。

eスポーツやイラストという分野が持つ、働き方としての特性

得意なことを仕事にするといっても、すべての分野が同じ性質を持っているわけではありません。eスポーツやイラストという分野には、他の仕事とは異なる、いくつかの特性があります。

一つは、感覚や集中力の使い方が、これまでの「就労」のイメージとは異なる、という点です。

eスポーツにおける戦略の組み立てや反応速度、イラストにおける観察力や表現力は、いずれも数値化しにくい、けれども確かに存在する力です。こうした力は、従来の就労の枠組みでは評価されにくかった側面ですが、それは力が存在しないという意味ではなく、評価する場所が少なかったという意味に過ぎません。

二つ目は、デジタル技術を介した分野であるからこそ、働く場所や働き方に一定の柔軟性が生まれやすい、という点です。

画面の前で取り組む作業が中心となるこれらの分野は、対人対応の負荷や、移動・体力面での負担が比較的少ない形で取り組める場合があります。これは誰にとっても楽な仕事という意味ではありませんが、これまで体調や対人面の負担を理由に働くことを諦めていた人にとって、選択肢の幅を広げる要素になり得ます。

三つ目は、技術の積み重ねが、本人にも周りにも見えやすい、という特性です。

イラストであれば描いたものが残り、eスポーツであれば結果や記録が残ります。積み重ねたものが目に見える形で残るということは、本人にとって「自分は前に進んでいる」という実感を持ちやすいということでもあります。この実感は、就労への意欲を支える、静かながら確かな土台になります。

無理をして頑張る働き方ではなく、自分のペースで稼ぐという発想

「頑張り続けること」が、必ずしも正しい働き方ではない理由

仕事がうまくいかなかった経験がある人ほど、「次はもっと頑張らなければ」と考えてしまいます。けれど、その「頑張り方」自体が、実はうまくいかなかった原因だったとしたら、同じやり方をもう一度繰り返すことに、どれほどの意味があるでしょうか。

まず見直したいのは、頑張ることと、無理をすることは、まったく別のものだという点です。

頑張るというのは、自分の力を発揮しようとする前向きな動きです。一方で無理をするというのは、自分の限界を超えて、心身に負荷をかけ続けることです。この二つはよく似た言葉として扱われますが、実際には正反対の方向を向いています。過去にうまくいかなかった経験の多くは、頑張りが足りなかったからではなく、無理を頑張りだと思い込んでしまったことが原因であるケースが少なくありません。

次に、無理を重ねる働き方は、短期的には成果が出ても、長く続かないという構造的な弱さを持っています。

体調や気力には、誰にとっても限りがあります。その限りを超えた状態を続ければ、いつかは必ずどこかで崩れてしまう。これは精神力や根性の問題ではなく、人間として当然の仕組みです。無理を重ねて得た成果は、積み重なっていくものではなく、いつか崩れて振り出しに戻ってしまうことが多いのです。

そして三つ目に、自分のペースを大切にすることは、決して甘えや逃げではなく、長く働き続けるための、むしろ合理的な選択だという視点も必要です。

ペースを守るというのは、何もしないことではありません。自分が無理なく出せる力を、無理なく出し続けられる状態を保つということです。短期間で燃え尽きてしまうよりも、長く穏やかに力を発揮し続けられる状態のほうが、結果として積み重なるものは大きくなっていきます。

自分のペースで働くことが、結果的に「続けられる自分」をつくる

自分のペースを大切にしながら働くという発想は、ただ楽をするための考え方ではありません。むしろ、長く安定して働き続けるために、もっとも現実的で堅実な考え方だと言えます。

まず大事なのは、自分のペースを知るということ自体が、自分自身への理解を深める作業になる、という点です。

どのくらいの作業量なら無理なく続けられるのか、どんな時間帯や環境であれば力を発揮しやすいのか。こうしたことは、誰かに教えてもらうものではなく、実際に取り組みながら、自分自身で見つけていくものです。このプロセスを丁寧に踏んでいくことで、これまで漠然としていた「自分にできること」が、少しずつ具体的な形を持つようになっていきます。

次に、無理のないペースで取り組むことは、結果として自己評価の安定にもつながります。

無理を重ねるやり方では、できたときは過剰に自分を評価し、できなかったときは極端に自分を否定する、という振れ幅の大きい状態になりやすいです。自分のペースを守った働き方は、この振れ幅を穏やかにし、できたこともできなかったことも、淡々と受け止められる状態をつくっていきます。これは小さな変化に見えて、長い目で見れば非常に大きな安定材料です。

最後に、ペースを大切にする働き方は、「続けられている」という事実そのものが、自信の土台になっていくという特性を持っています。

大きな成果よりも、小さくても続いているという実感のほうが、自己肯定感にとっては効果的に働くことがあります。今日も続けられた、今週も続けられた。その積み重ねが、いつしか「自分はやっていける」という感覚に育っていきます。これは一気に作れるものではありませんが、自分のペースを守り続けることで、確実に育っていくものなのです。

「稼ぎたい」と思ったその気持ちを、まず行動に変えてみる

その気持ちは、無視していい感情ではなく、大切に扱うべき出発点

ここまで読み進めて、「自分も稼ぎたい」「自立したい」という気持ちが、少しでも心の中に動いた人がいるかもしれません。その気持ちを、漠然としたまま終わらせてしまうのか、それとも一つの出発点として扱うのか。この違いは、思っている以上に大きな分かれ道になります。

まず理解しておきたいのは、「稼ぎたい」という気持ちは、欲張りな感情ではなく、生きる力そのものから生まれている、という点です。

何かを望むという感情は、本人の中にまだ前に進む力が残っている証拠です。これまで「自分には無理だ」と感じ続けてきた人ほど、この気持ちが芽生えたこと自体に、本来は驚くべき価値があります。気持ちが動いたという事実を、軽く扱わないでほしいのです。

次に大事なのは、気持ちというものは、放っておくと自然に消えていきやすい、という性質を持っていることです。

「いつか考えよう」「もう少し落ち着いたら」と先延ばしにしているうちに、日々の生活に押し流され、せっかく芽生えた気持ちが、また元の場所に戻ってしまうことは少なくありません。これは本人の意志が弱いからではなく、人間の心が持つ、ごく自然な働きです。だからこそ、気持ちが動いたタイミングというのは、実はとても貴重な瞬間なのです。

そして三つ目に、気持ちを行動に変える最初の一歩は、決して大きなものでなくていい、という点も知っておいてほしいことです。

最初から「就労する」「稼ぐ」という大きな目標に向かう必要はありません。まずは話を聞いてみる、場所を見てみる、といった小さな一歩で十分です。小さな一歩であっても、それは確実に「動いた」という事実を作ります。その事実が、次の一歩を支える土台になっていきます。

一人で抱え込まず、まずは相談という形にしてみる

「稼ぎたい」という気持ちが芽生えたとき、多くの人はその気持ちを一人で抱え込み、一人で答えを出そうとしてしまいます。けれど、自立への道は、必ずしも一人で組み立てなければならないものではありません。

まず知っておきたいのは、相談するという行為は、弱さの表明ではなく、現実的な手段の一つだという点です。

自分の中だけで考えていると、どうしても視野が狭くなり、選択肢も限られたものに感じられてしまいます。外の視点を取り入れることで、自分一人では見えなかった可能性や方法が、初めて見えてくることがあります。相談するというのは、答えを丸投げすることではなく、自分の視野を広げるための、能動的な行動なのです。

次に、見学や体験といった機会は、結論を出す場ではなく、情報を集める場として活用すればいい、という視点も大切です。

「行ったら何かを決めなければならない」というプレッシャーを感じる必要はありません。実際の場所の雰囲気や、そこでの取り組み方を知ること自体が、自分にとって価値のある情報になります。決めるのは、情報を十分に得たあとでいいのです。

最後に、資料やカタログを通じて、まずは知るという段階から始めることも、立派な一歩だということを伝えておきたいです。

すぐに見学や体験という行動に踏み出すのが難しいと感じる場合でも、資料やカタログで情報を得るという形であれば、心理的な負担はずっと小さくなります。どんな形であっても、芽生えた気持ちを止めずに、次の情報へとつなげていくこと。それこそが、自立への道を実際に歩み始める、確かな第一歩になります。

まとめ:「稼ぐことは悪ではない」という気持ちを、ここから一歩前へ

稼ぐということは、特別な資格を持った人だけに許される行為ではありません。経済的に自立するということは、自分の人生の選択肢を自分の手に取り戻すということであり、得意なことを仕事にするという道も、無理をせず自分のペースで働くという発想も、すべてはその選択肢を広げるための、確かな手段です。

「稼ぎたい」と感じたその気持ちは、無視するものではなく、大切に育てていくべき出発点です。一人で抱え込まず、まずは話を聞いてみること、場所を見てみること、資料で情報を得てみること。どんな小さな一歩でも構いません。その一歩が、自分の人生を自分の手で歩んでいくための、確かな始まりになります。

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